方谷は3度目の京都通学を予定し、忙しい日々を送っていた。12月には有終館会頭を辞職し、母の13回忌をすませ、年を越し、雪解けを待って春に京都に出かける予定だった。

そんなおり、山田邸が出火、廻りも巻きもむ大災害が起こった。

火は風にあおられ藩校有終館をも巻き込み瞬く間に燃え広がった、呆然自失である。家具も書籍もすべてが灰になった。藩校までも焼く火事の責任を取って、方谷は藩外の「松連寺」の一室で蟄居謹慎を命ぜられた。
この年、方谷は有頂天になっていた、そしてものの見事に足下をさらわれた。

「宜しく亢竜の戒を思うべし」

師匠からの手紙は方谷の胸に突き刺さった。