京都から帰った方谷に思いがけない朗報が届いた。

藩主板倉勝職は方谷に名字帯刀を許す沙汰書を与えた。さらに、藩校有終館の教頭に抜擢された。
山田家の懇願であった再興が果たされたのである。

文久3年正月、26歳になった方谷は武士としての真円を颯爽と向かえる、家族、そして師匠の丸川松陰は方谷を心から祝福してくれた。