すでに学力の高い方谷にとって藩校有終館での学問はとても物足りない物だった。

23歳になった方谷は、妻と生生まれたばかりの子を残し、家業を弟に托して京都に遊学にでた。
「京都に遊学してみては」という師匠丸川松陰からの提案だった。

この当時、長期の度は命がけである、家業も子供も妻も残し京都遊学をすることを方谷は悩みに悩む。
旅立ちの日、丸川松陰は方谷に宿題を出した。

「儒学には根源がある。それを探り求めて帰ってくる日を待っている。」