明治維新、文明開化の波が押し寄せようとしていた頃、新政府の役人として東京で勤務している川田が長瀬の方谷宅を訪ねてきた。川田は大久保利通の命を受け、方谷に明治政府の大蔵大臣への就任の監促にきたのだった。
しかし、方谷は頑として首を縦には振らなかった。

「川田君、これからは君たちの時代だ、私はもう老いた、君たちが力を出し、日本国民と為、良い国を付くってくれんか。」

方谷は師丸川松蔭と同様、二君には使えぬという姿勢を貫いた。

それから数ヶ月、方谷は高梁の地を去った。
隠居しても方谷のもとには岡山内外から次々と入門希望者が長瀬の地を訪れる。
そんな入門希望者のため方谷は長瀬宅をどんどんと増築していたが、これを見かねた久次郎が方谷の母の出所小坂部に五四二坪の校舎を造り方谷に提供した。

しばらくは方谷にとって人生至福の時が続いた、病弱だった愛娘小雪は19才になった。小雪の嫁いだ矢吹家は小坂部からは目と鼻の先、方谷は事あるごと小雪をのぞきに行った。

久次郎は半ば本気で「先生、いっそ上市に住まわれてはどうですか。」といった。

だが、そんな些細な幸せも長くは続かなかった。

最愛の娘、小雪が病に倒れた、肺結核だった。

動く気力を失い久次郎やみどりにひたすら手紙で祈るような気持ちを伝えていた方谷に、禁固のみとなっていた勝静が釈放されたという知らせが舞い込む。

しばらくして、比較的安定していた小雪の様態が急変した、二十歳になったばかりだった小雪は方谷を残し、帰らぬ人となった。

病床に座っていた方谷は、突然立ち上がり、刀をかざした。

「せっ、先生がご乱心なさった!」

その場にいあわせた物は、目を疑った。方谷は絶叫を放ちながら空に向かって斬りつけた。

目の前にもやもや居た物が居る、これは小雪を迎えに来た死に神に違いない—

方谷は死に神を切ろうとした。そしてしばらくの絶叫の後、バタリとその場に倒れ込んだ。

「このことは他言無用、もし漏らした物がいれば儂がそのものを切る。」
久次郎は静かに言った。