復職した勝静はすぐさま方谷を江戸に呼びつけた。
「どうじゃ、安五郎、天下の江戸城は?」

「大きな船のような物でございます。」
方谷の一言で、それまで上機嫌だった勝静の目つきが変わった。それでも方谷は続ける。
「下には千尋の波浪が渦巻いております。」
激高でみるみる真っ赤になって行く勝静に対し、方谷は全く表情を変えない。
「もうよい。」
いかにも方谷が言いそうなセリフをあらためて聞いた勝静は怒鳴り散らしたい感情をぐっと抑えその場を立ち去った。

方谷が江戸愛宕山で血を吐いて倒れたのはその月の3月のことである。
超人的な精神力を持つ方谷であってもこれから起こりうる幕府の運命と藩侯勝静の事お思い胃潰瘍になってしまった。
4月になって少し回復した方谷は勝静の許しを得て松山に帰る、途中、湊川の楠木正成の碑を通った方谷は楠木公に語りかけた。

「私は、藩侯を、藩民を守りきれるだろうか–」

【事件・出来事】
• 寺田屋事件
• 生麦事件
• 松山藩・アメリカ帆船快風丸を購入、航海士に新島襄を迎え玉島に(玉島紀行)

【勝静動向】
• 1861年 老中になる
• 3月15日、老中に異動。
• 3月26日、従四位下に昇叙。周防守如元。
• 4月11日、外国御用取扱を兼帯。
• 5月15日、外国御用取扱の兼帯を止め、勝手掛を兼帯。
• 6月1日、侍従を兼任
• 9月11日、将軍・徳川家茂上洛に伴い、御供。