方谷改革は順調に進み、人々の暮らしは目に見えて楽になってきた。田畑は実り、道は整備された。
「やっと、ここまできかた–次は–教育だな」
方谷にとっての改革とは文武両道、武も文も両方が足りていなければ改革成功とはいえない。
方谷は藩内の各地に「学問所」や「教諭所」を設置、武士であっても百姓であっても学問を学びたい物は身分を超えて勉強ができる環境を作った。