改革の達人 幕府最後の老中主席の政治顧問 山田方谷とは


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第23話「里正隊」

Filed under: 空想大河ドラマ・運中の飛龍 — admin @ 2:06 PM 2016年5月7日

松山藩の有力庄屋の息子達が御根小屋に集められた。

「これから君たちに剣術と砲術を指南します。」
方谷は関ヶ原の合戦以来ほとんど進化していない古来の剣術では近代武装を進めている他藩には勝てないと感じていた。しかし、経済改革では何とか言うことを聞く武士達も、戦いに関しては元々百姓の方谷の言うことを聞こうとしない。
そこで方谷が始めたのが、「西洋戦術で武装した百姓達で国を守る」というアイデアだった。

ある日方谷は弟子の三島を引きつれ藩である津山藩から西洋砲術を習うため津山藩士植原六郎左右衛門を招き、玉島の海上で艦上砲撃の軍事演習を行った。あまり自分の考えをあからさまにしない方谷の口から驚くべきセリフが発せられたのは、津山藩士植原以下4名を慰労する酒の席でのことだった。

「幕府を衣にたとえると、家康が材料を調え秀忠が裁縫をし、家光が初服した。以後、代々襲用したので、吉宗がひとたび洗濯し、松平忠信が再び洗濯した。しかし、以後は汚染と綻びがはなはだしく、新調しなければ用に耐えない。」と方谷

「三度洗濯してはどうか」と津山藩士

「布質はすでに破れ、もはや針線に耐えない」と方谷

あまりにも確信的な幕府崩壊の予言である。このときはまだ幕末の志士たちも台頭しておらず、わずかに尊皇思想が芽生え始めた頃、倒幕の声が聞こえてくるのはこの十数年後のことである、ましてや松山藩藩主は松平定信の孫の勝静である、突然飛び出した方谷のこのせりふには誰もが驚愕し息をのんだ。