松山藩は「撫育方」という役所を新設する手続きを進めていた。撫育方とは藩内の鉄鋼や農業、特産品の製造や販売を藩の専売制とし、生産の管理から物流販売までを手がけるという役所だった。

方谷はそれまで藩内で物流や販売を手がけていた商人を役人に抜擢すると、能力ごとにそれぞれの役に割り振っていった。

さらには松山川の対岸の近似村に大規模なたたらば(鉄工所)を建設し備中各地から有能なたたら職人をスカウトした。