銀主達の説得に成功した方谷は早速銀主達との約束である大坂蔵屋敷の廃止の行動に入った。この蔵屋敷、今までは大坂の役人と商人達に任せっきりにしていたためこれ以上ないほどの利権と賄賂の温床となって売る場所だった。蔵屋敷担当は徹底的に方谷にくってかかる。

「この蔵屋敷は松山藩のカナメ、ここが無くなってしまっては松山藩も滅ぶ!」

それに対し方谷の回答は明快な物だった。

「米は藩内で保管し相場の高いときに売る」

どうしても納得いかない蔵屋敷担当であるが「方谷の言葉は勝静の言葉と思え」の台詞は藩士すべてに浸透していた。
「判った、山田先生、あなたに任せる。松山藩のため、板倉様のため、よろしく頼む」

この蔵屋敷の廃止は結果約千両の節約につながる。
数日後、すでに方谷は松山藩内にいた、方谷は藩内の地域40カ所の有力庄屋に「郷倉」の設置を命じた。この蔵に米を収納し、相場を見ながら売買する、そして飢饉が起きた場合植えた民百姓に緊急の米を配給する役目を果たした。