方谷が教育係をしていた勝静公が江戸にて藩主に就任、勝職は隠居した。また京都で医者の勉強をしていた方谷の弟平人が帰藩し城下で開業した。

ようやく近い身内をえた方谷はかねてから折り合いの悪かった妻進と悩んだ末に離婚することにした。それからの方谷はまさに仕事の鬼となる。隠居間もない自分ではあるが、少しでも藩主への恩義を返そうと松山藩の軍備の近代化や戦術の研究などに邁進する。

そんなとき、病で床に伏せていた前藩主勝職の様態が急変、方谷は平人を怒鳴りつけ発破をかけるが死の病はすでに勝職を覆っていた。平人らの努力もむなしく勝職はこの世を去り、方谷は深い悲しみに満ち50日の喪に服す。