江戸から帰藩した方谷に待っていたのは「藩校有終館の学頭を命ずる」という藩主からの辞令だった。

方谷は百姓だった自分をここまで引き上げてくれた藩主板倉勝職に改めて忠誠を誓う。その翌年、「大塩平八郎の乱」が起こる。同じ陽明学を志す方谷の耳にもこのニュースは飛び込んでくる。世が混乱してきたことを肌で感じる方谷、そんな中方谷は藩の許しを経て「私塾牛麓舎」を開校する。

この牛麓社に入学してきた弟子(三島中洲、大石隼男、進昌一郎、林富太郎、矢吹久次郎など)たちが、後の藩政改革、そして幕末の備中松山藩の危機に大いに活躍することとなる。

【事件・出来事】
• 1837年大塩平八郎の乱
• 1838年モリソン号事件
• 1839年蛮社の獄
• 天保の改革