第46話「熊田の死」

「大逆無道」の四文字を改めよ!という方谷の命をかけた抗議は家老大石の岡山藩への涙の訴えなどもあり受け入れられることとなった。問題部分は「軽挙暴動」と改められ、松山藩は誰一人命を落とすことなく事態を収拾しえたように見えた。
しかし、それだけでは終われなかった。
松山藩が無血開城をした二日後、勝静から帰藩を命じられ鳥羽伏見大坂より帰還した松山藩士150名が突然玉島の港に現れた。
松山藩はすでに恭順を宣言しているとはいえ、岡山藩としてもこれら鳥羽伏見の逃走兵150名を何のとがめもなしに解放する訳にはいかない。

事態を知った方谷は密使を隊長熊田の元に送った。

「一五〇名の命に代えて死ね」

149名の藩士の命と玉島の町を守るためにはこれしかない。

熊田恰は一緒に帰藩していた目付役川田甕江にある願い事をした。
「どうやら一死を持って君恩に報いるときが著た。拙者は武人、世事に疎い、死は畏れぬが、死期を誤る恐れがある、貴殿、儂の死ぬ時を告げてくださらんか。」

自刃は備中玉島、柚木邸にて行われた。

「お覚悟のときでございます。」川田は低く声をかけた。

「よし」熊田は一言応じた。

介錯は熊田の甥、大輔である。

熊田は慣例にならい上半身をあらわにすると、静寂の中、ぶすりと左腹下に脇差しを突き立て、力強く一文字に原をかっさばいた。

「介錯を。」熊田の合図に大輔が太刀を振り下ろした。

「おてぎわ」
松山藩士神戸一郎は絞り出すように声を放った。