雲中の飛龍

小雪の死を受け生気を失っていた方谷のもとに旧岡山藩士で方谷の門人である谷川達海が訪ねてきた。谷川は陽明学の大樹として岡山で教鞭をふるってほしいと方谷に要望した。 しかし、寄りつく島もなく谷川の申し入れは断られた。 ガック […]

明治維新、文明開化の波が押し寄せようとしていた頃、新政府の役人として東京で勤務している川田が長瀬の方谷宅を訪ねてきた。川田は大久保利通の命を受け、方谷に明治政府の大蔵大臣への就任の監促にきたのだった。 しかし、方谷は頑と […]

勝静は北海道にいた。榎本艦隊と行動を共にし、蝦夷共和国の設立をゆめみて北海道に渡ったのは12月のことだった。 そして数ヶ月、松山城開城以後、行方不明の藩主勝静候の捜索、主家の再興はは最大の課題だった。 松山藩藩士達は偽名 […]

大坂から命からがら脱出してきた慶喜一行はボロボロになりつつも品川の港にたどり着いた。「江戸にはまだ大量の兵力が残っている、ここより体制を立て直し、薩長を迎え撃つ。」勝静は息巻いていた、しかし慶喜は違った。 「余はミカドに […]

「大逆無道」の四文字を改めよ!という方谷の命をかけた抗議は家老大石の岡山藩への涙の訴えなどもあり受け入れられることとなった。問題部分は「軽挙暴動」と改められ、松山藩は誰一人命を落とすことなく事態を収拾しえたように見えた。 […]

慶喜遁走のニュースは松山藩内にも電撃的な早さで伝わった。 「いよいよ、来るか」 藩主勝静が徳川と運命を共にし、備中松山藩は賊軍となった。鳥羽伏見の幕府軍大敗を受け、態度を明確にしていなかった諸藩はつぎつぎと新政府軍の旗を […]